『ファンタスティック Mr.FOX』は、ロアルド・ダールの児童文学を原作に、ウェス・アンダーソン監督が独自のスタイルで映画化したストップモーション・アニメーションです。主人公は、かつて泥棒稼業で名を馳せたキツネの Mr.フォックス。妻との約束で盗みをやめ、新聞記者として平穏に暮らしていましたが、再びスリルを求めて三人の農場主(ボギス、バンス、ビーン)から盗みを働いてしまいます。怒った農場主たちは徹底的に報復し、フォックス一家や仲間の動物たちは地下に追い込まれ、知恵と団結で生き延びようとする物語。
感想
冒頭、若き日のフォックス夫妻が罠にかかりかけ、そこで「もう盗みはやめる」と誓うシーンから物語は始まる。だが年月が経ち、新聞記者として平凡に暮らすMr.FOX(ジョージ・クルーニーの声が実にぴったりだった)は、木の上の家を買った瞬間から再び「野生」に引き戻されていく。三人の農場主、ボギス、バンス、ビーンを相手に仕掛ける“最後の大仕事”。その計画が「マスタープランA」「マスタープランB」と章立てで提示されるたびに、まるで子どもの頃に読んだ冒険物語をめくるようなワクワク感を覚えた。
印象的なのは、動物たちが人間のように暮らしながらも、ふとした瞬間に「やっぱり野生だ」と思い出させる描写だ。食卓での食べ方は獣そのもので、ガツガツと肉をむさぼる姿に笑いながらも妙なリアリティを感じる。あるいは、銃撃戦の最中にMr.FOXが「俺たちは野生動物だ」と言い放つ場面。人間社会に溶け込もうとしながらも、結局は本能から逃れられない存在であることを突きつけられる。
また、アンダーソンらしいユーモアが随所に光る。ラスト近くで登場する狼との無言のやり取り――遠くに立つ狼に向かってMr.FOXが拳を掲げ、狼も静かに応える。その一瞬に、言葉を超えた「野生同士の共鳴」が凝縮されていて、胸が熱くなった。
声優の声がキャラクターと一体化しているのが素晴らしい。クルーニーの自信満々でどこか無責任な響き、スティープの妻としての優しさと怒りの混じった声、そしてジェイソン・シュワルツマン演じる息子アッシュの拗ねた声色。特にアッシュが「僕だって特別なんだ」と叫ぶ場面は、思春期の痛みがそのまま滲み出ていて心に残った。
映像面では、毛並みが常に風に揺れているように見える人形の質感や、綿で作られた煙突の煙、リンゴ酒が流れるときの夢のような質感など、ストップモーションならではの“手触り”が温かい。CGアニメの滑らかさとは違い、わずかなぎこちなさが逆に生き物の呼吸を感じさせる。
もちろん、原作ファンからすれば「これはもうダールの物語ではない」と思うかもしれない。実際、イギリス的な風刺や残酷さは薄まり、アメリカ的な家族ドラマや夫婦の葛藤が前面に出ている。だが、その改変こそがアンダーソンの映画らしさだと感じた。特に、夫婦喧嘩の末にMrs.FOXが「あなたと結婚すべきじゃなかった」と言い放つシーンは、児童文学には決して出てこない大人の痛みを突きつけてくる。
結局この映画は、子ども向けの冒険物語でありながら、大人にこそ刺さる物語だと思う。家族の不和、自己中心的な父親、劣等感に苦しむ息子、そして「野生」と「社会」の間で揺れる存在としての自分。観終わったあと、私はただ「面白かった」と笑うだけでなく、自分自身の生き方や欲望についても考えさせられた。
『ファンタスティック Mr.FOX』は、笑いながらもどこか切なく、そして観客を不思議な幸福感で包み込む。まさにタイトル通りファンタスティックな映画体験だった。
物語の起承転結
起
若き日のフォックス夫妻は、農場で鶏を盗もうとして罠にかかりかける。そこでMrs.FOXは妊娠を告げ、Mr.FOXは「もう盗みはやめる」と誓う。数年後、彼は新聞記者として平凡に暮らしていたが、地下の穴暮らしに不満を抱き、見晴らしの良い木の上の家を購入する。だがその家は、三人の農場主ボギス、バンス、ビーンのすぐ近くだった。
承
「もう一度だけ」と自分に言い訳しながら、Mr.FOXは三人の農場を狙った大規模な盗みを計画する。夜ごとに鶏や七面鳥、リンゴ酒を奪い、仲間たちと祝宴を開く。しかし農場主たちは黙っていない。銃を持って待ち伏せし、ついにはMr.FOXの尻尾を撃ち落とす。怒り狂った農場主たちは、フォックス一家の住む木を掘り返し、爆破し、動物たちを地下深くへと追い詰めていく。
転
地下に逃げ込んだMr.FOXは、家族や仲間たちと共に必死のサバイバルを繰り広げる。息子アッシュは劣等感に苦しみながらも、従兄弟クリストファーソンと共に勇気を見せ始める。動物たちは協力し、地下トンネルを掘り進めて農場の倉庫に直接つながる道を作り、逆に食料を奪い返す。だがその過程で仲間のラットが命を落とし、戦いの代償の重さも突きつけられる。
結
最終的に動物たちは地下に新しい共同社会を築き、農場主たちの包囲をかいくぐって生き延びる道を見つける。ラストシーンでは、Mr.FOXがスーパーの倉庫に仲間を導き、食料を分け合いながら「僕らは野生動物だ」と誇らしげに語る。息子アッシュも父に認められ、家族の絆は回復する。そして遠くに現れた狼に向かって拳を掲げるMr.FOX――その無言のやり取りは、野生と文明の狭間で生きる彼の存在を象徴して幕を閉じる。
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