『1917』は、第一次世界大戦を舞台にしたサム・メンデス監督の戦争映画です。
物語はとてもシンプルで、若いイギリス兵二人が「仲間の部隊がドイツ軍の罠に突入しようとしている」という情報を伝えるため、最前線を越えて危険な敵地を横断する任務を託されます。その部隊には主人公の兄も含まれており、時間との戦いの中で彼らは塹壕、廃墟、地雷原、そして敵兵の待ち伏せなど数々の死地をくぐり抜けていきます。
感想
映画『1917』を観終えたとき、私はまるで実際に自分自身が塹壕を歩き、瓦礫の町を駆け抜け、濁流に飲み込まれたかのような疲労感と余韻に包まれていた。サム・メンデス監督とロジャー・ディーキンスのカメラが生み出す細切れの映像は、単なる技術的な見せ場ではなく、観客を兵士と同じ時間の流れに閉じ込めるようになっていた。とにかく緊張感を生み出すのがすごく一人称に近い感覚で楽しめた。
冒頭、兵士たちが草原で休んでいる穏やかな光景から、カメラがそのまま塹壕の奥深くへと降りていく瞬間、私は「平穏から地獄へ」という境界を自分の足で跨いだような感覚を覚えた。
物語は驚くほど単純だ。二人の若い兵士、ブレイクとスコフィールドが、仲間1600人を救うために「攻撃中止」の命令を前線へ届ける。ただそれだけの筋書きなのに、映像の連続性と現場の臨場感が、一歩ごとの重みを突きつけてくる。特に印象に残ったのは、地下壕でネズミが仕掛けを作動させ、爆発が起きる場面だ。瓦礫に埋もれたスコフィールドの視界が土埃で真っ白になり、必死に這い出す姿を見ていると、呼吸まで苦しくなった。
また、墜落したドイツ機のパイロットを助けようとした直後にブレイクが刺されるシーンは、あまりに唐突で残酷だった。血の気が引いていく彼の顔色が、特殊メイクではなく役者自身の生理的変化で表現されていたと知り、さらに胸を打たれた。とにかくリアルだった。
夜の廃墟の町を、照明弾の光と影が交錯する中でスコフィールドが走り抜ける場面は、戦争映画というより幻想絵画のようだった。建物の影が揺れ動き、まるで世界そのものが不安定に崩れていくように見える。そこで出会うフランス人女性と赤ん坊の存在は、戦場の非人間性の中にかすかな温もりを差し込むが、同時に「この子に飲ませるための牛乳が、偶然残された一頭の牛から汲まれたもの」という不自然な偶然性が、作劇上の弱さとして気になったのも事実だ。
終盤、スコフィールドが塹壕の上を走り抜け、爆発と銃弾の中を突き進むシーンは圧巻だった。兵士たちが一斉に突撃する波を横切りながら、彼だけが逆方向に走る姿は、戦争の狂気そのものを象徴していた。そして、ようやく命令を届け、ブレイクの兄に死を伝える場面では、言葉にならない虚しさが押し寄せた。
『1917』は、戦争を美化することなく、その不条理と恐怖を「体験」としてに観ているもの与える映画だった。確かに偶然の連続やご都合主義的な展開も目についたが、それ以上に、塹壕の湿った土の匂い、瓦礫に差し込む光、兵士たちの無表情な顔に刻まれた疲労感が、強烈に焼き付いている。観終えた後もしばらく言葉が出ず、ただ胸の奥に重いものを抱えたままだった。スクリーンを通して100年前の戦場に立ち会ったような感覚は、今も忘れられない。
物語の起承転結
起
第一次世界大戦の最中、イギリス軍はドイツ軍が撤退していると誤解し、攻撃を仕掛けようとしていた。しかしそれは罠であり、突撃すれば1600人の兵士が全滅する危険があった。通信手段が途絶えているため、若い兵士ブレイクとスコフィールドの二人が、前線へ「攻撃中止」の命令を届ける任務を託される。ブレイクには兄がその部隊に所属しており、彼にとっては個人的な使命でもあった。
承
二人は塹壕を抜け、無人となったドイツ軍の陣地を進む。そこでネズミが仕掛けを作動させ、爆発に巻き込まれるが、なんとか生還する。さらに進むと、空から撃墜されたドイツ機が墜落し、炎に包まれたパイロットを助けようとする。しかしその善意が裏目に出て、パイロットに刺され、ブレイクは致命傷を負ってしまう。スコフィールドは友の死を看取り、彼の遺品を託され、ひとりで任務を続行することになる。
転
スコフィールドは仲間の部隊に拾われて進軍するが、途中でトラックが泥に嵌まり、時間を失う。やがて夜の廃墟の町にたどり着き、照明弾が空を照らす中、ドイツ兵に追われながら逃げ惑う。そこで偶然出会ったフランス人女性と赤ん坊に牛乳を渡し、束の間の人間的な交流を持つが、再び戦場へ戻らざるを得ない。川に落ち、激流と滝に流されながらも、彼は必死に進み、ついに目的の部隊の陣地へと辿り着く。
結
攻撃開始の直前、スコフィールドは塹壕の上を爆発と銃弾の中を走り抜け、指揮官に命令を届ける。攻撃は中止され、1600人の命が救われた。ブレイクの兄に弟の死を伝えると、兄は涙をこらえながら「ありがとう」とだけ告げる。任務を果たしたスコフィールドは、木陰に腰を下ろし、静かに目を閉じる。戦争はまだ続いているが、彼の一日が終わったことを示すように、画面は静かに暗転する。
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