『ボーダーライン』は、アメリカとメキシコの国境地帯で繰り広げられる麻薬戦争を題材にしたサスペンス・スリラーです。
物語の中心にいるのは、FBI捜査官のケイト。彼女は麻薬カルテル壊滅のためにCIAの特別作戦チームに参加しますが、そこで目にするのは法や正義を無視した過酷で不透明なやり方でした。チームを率いるCIAのマットは冷徹で、さらに謎めいた存在のアレハンドロが加わることで、ケイトは次第に「正義とは何か」を見失っていきます。
感想
冒頭のSWAT突入シーンで壁の中から次々と死体が発見される瞬間、すでに胃の奥が重くなり、ただのアクション映画ではないことを悟らされる。そこから先は、主人公ケイトと同じように、何が正義で何が不正義なのか分からないまま、ただ濃密な緊張の渦に巻き込まれていく。戦争を題材にしていますが、本格スリラーと同じかそれ以上に違った角度の不気味で恐怖を味わえました。
特に印象に残ったのは、国境を越えてフアレスに入るSUVの車列のシーンだ。ヘリからの俯瞰映像で黒い車が蟻のように整然と進む姿は美しくすらあるのに、車内には「いつ撃たれるか分からない」という張り詰めた空気が漂っている。渋滞の中で敵の車両とにらみ合い、銃撃戦に発展するまでの数分間は、まるで自分がその車の後部座席に座っているかのような錯覚を覚えた。ロジャー・ディーキンスのカメラは、風景の美しさと人間の暴力性を同時に映し出し、観客を逃がさない。
夜のトンネル潜入シーンも忘れがたい。暗視カメラや熱感知映像に切り替わる瞬間、視覚が制限されることで逆に恐怖が増幅する。銃声が響くたびに心臓が跳ね、画面に映る影が人なのか死体なのか分からない曖昧さが、現実と悪夢の境界を曖昧にしていく。
そして何より強烈だったのは、アレハンドロの存在だ。序盤は寡黙で何を考えているのか分からない影のような人物だが、物語が進むにつれて彼の過去と復讐心が明らかになり、最後の「夕食の場面」でその冷酷さが頂点に達する。家族を皆殺しにされた男が、敵の家族を食卓ごと撃ち抜く――その場面は目を背けたくなるほど残酷なのに、同時に彼の静かな表情からは人間としての痛みも滲み出ていて、ただ「怖い」では片付けられない複雑な感情を呼び起こされた。
一方で、ケイトの存在は観客の視点そのものだった。彼女は優秀なFBI捜査官でありながら、CIAや特殊部隊のやり方に翻弄され、常に「何が正しいのか」を問い続ける。しかしその問いは最後まで答えを得られない。銃口を突きつけられ、署名を強要されるラストシーンで、彼女の理想は完全に打ち砕かれる。観客としての自分もまた、同じように無力感を味わわされた。
ヨハン・ヨハンソンの低音が響く音楽は、まるで心臓の鼓動を増幅させるようで、映像と一体になって緊張を持続させる。特に国境越えのシーンで鳴り響く重低音は、音楽というより「地鳴り」に近く、観ている自分の身体を直接揺さぶってきた。
『ボーダーライン』は、単なる麻薬戦争の映画ではない。そこに描かれているのは「正義」という言葉が無力化された世界であり、私はケイトと同じように、ただその暗闇を目撃するしかない。美しい夕焼けの下で進む車列や、砂漠の静けさに響く銃声といった映像は、残酷さと美しさが同居する矛盾そのものだがコントラストがたまらない。
物語の起承転結
起
アリゾナ州。FBI捜査官ケイト・メイサー(エミリー・ブラント)は、SWATチームを率いて郊外の一軒家に突入する。壁の中からはビニールに包まれた多数の死体が発見され、さらに仕掛けられた爆弾で仲間が犠牲になる。衝撃の現場を経験したケイトは、麻薬カルテル壊滅のためにCIAのマット(ジョシュ・ブローリン)率いる特別作戦チームにスカウトされる。
承
ケイトはチームに加わるが、作戦の目的や手段は曖昧で、次第に「正義」の輪郭が崩れていく。国境を越えてメキシコ・フアレスに入る車列のシーンでは、街中の暴力と緊張感に圧倒される。やがて彼女は、チームに同行する謎めいた男アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)の存在に気づく。彼は寡黙で感情を見せないが、時折見せる冷徹な行動にただならぬ過去を感じさせる。
転
作戦は次第にエスカレートし、夜のトンネル潜入作戦では暗視カメラや熱感知映像を通して、観客もケイトも極限の緊張を体験する。だがケイトは、実は自分が「作戦の正当性を保証するための名目」に過ぎないことを知る。真の目的は、カルテルの勢力図を組み替え、アメリカにとって都合のよい秩序を作ることだった。そしてアレハンドロの正体も明らかになる。彼は元検察官で、家族をカルテルに惨殺された過去を持ち、復讐のためにCIAと手を組んでいたのだ。
結
クライマックスは、アレハンドロがカルテルのボスの屋敷に乗り込み、夕食の席で彼とその家族を容赦なく射殺する場面。冷酷な復讐の完遂は、観客に戦慄と虚無感を残す。物語の最後、ケイトはアレハンドロに銃口を突きつけるが、結局は撃てない。彼女は署名を強要され、自らの理想や正義が無力であることを突きつけられる。銃声が響く国境の街を見下ろしながら、彼女は涙を流すしかなかった。
 映画レビューログ
				映画レビューログ