映画『グランド・ブダペスト・ホテル』感想とあらすじ

『グランド・ブダペスト・ホテル』は、ウェス・アンダーソン監督による独特の映像美とユーモアに満ちたコメディ映画です。舞台は架空の中欧の国ズブロフカ。1930年代、豪華ホテルの伝説的コンシェルジュ、グスタヴ・H(レイフ・ファインズ)と、彼に仕える新米ロビーボーイのゼロが主人公です。グスタヴは裕福な老婦人たちに人気で、その一人が亡くなったことから、彼は遺産の名画「少年と林檎」を巡る陰謀に巻き込まれます。殺人の濡れ衣を着せられ、刑務所に入れられたり、暗殺者に追われたりしながらも、ゼロと共に逃走と冒険を繰り広げます。

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感想

ウェス・アンダーソンの作品はどれも独特だが、本作はその集大成のように思える。冒頭から「物語の中の物語の中の物語」という入れ子構造で始まり、観客は気づけば1930年代の架空の国ズブロフカに立っている。そこにそびえるピンク色のホテルは、まるでお菓子の箱のように甘美で、しかしどこか退廃の影を帯びている不思議なホテル。

最も印象に残ったのは、ラルフ・ファインズ演じるコンシェルジュ、グスタヴ・Hの存在感だ。彼の紫色の制服姿は、ホテルの格式と彼自身の誇りを象徴しているようで、どんな混乱の中でも決して姿勢を崩さない。だがその口から飛び出す上品な言葉遣いと突然の罵声の落差に、思わず笑ってしまう。特に刑務所で囚人たちに囲まれながらも「礼儀正しさ」を失わず、しかし一瞬で相手を殴り倒して尊敬を勝ち取る場面は、彼の二面性を端的に示していて忘れられない。

映像の細部へのこだわりも圧倒的だった。新聞の見出し「The Trans-Alpine Yodel」や、各国のホテルのコンシェルジュたちが次々と電話を取り次ぐシーンなど、ほんの数秒の場面にまで遊び心が詰め込まれている。さらに、雪山をスキーで疾走する追走劇や、蝋人形のように作り込まれたホテルのミニチュア映像は、現実と虚構の境界を軽やかに飛び越えていく。

脇を固める俳優陣も豪華で、ウィレム・デフォーの冷酷な殺し屋ジョプリングが指を切り落とす場面は、残酷さと滑稽さが同居していて背筋が凍ると同時に笑ってしまった。ティルダ・スウィントンの老婦人役はほんのわずかな登場ながら、彼女の死が物語を大きく動かす。ゼロ役のトニー・レヴォロリは新人ながら堂々としており、グスタヴとの師弟関係は映画の心臓部となっている。二人が列車の中で兵士に止められ、最後にグスタヴが理不尽に撃たれてしまう場面では、笑いに満ちた物語の中に突如として戦争の影が差し込み、胸が締め付けられた。

また、アガサが作る「クルーザン・オ・ショコラ」に隠された脱獄用の道具や、ゼロとの淡い恋も、物語に温もりを与えている。だがその彼女も「プロシア風邪」で若くして亡くなってしまうという唐突な一文に、アンダーソンらしい残酷なユーモアを感じた。

アレクサンドル・デスプラの音楽も忘れがたい。ツィンバロムの音色が響くたびに、東欧の空気と哀愁が漂い、映像の色彩と見事に調和していた。特にジェフ・ゴールドブラム演じる弁護士コヴァックスが美術館で追われるシーンでは、軽快なリズムが恐怖と滑稽さを同時に煽り、翻弄された。

もちろん欠点もある。物語があまりに早いテンポで進むため、初見では細部を見逃してしまう。だがそれこそが、この映画を何度も観返したくなる理由でもある。

総じて『グランド・ブダペスト・ホテル』は、華やかな色彩と緻密な構図に彩られた「おとぎ話」でありながら、戦争や死の影というネガティブな部分も持つ作品だった。笑いながらも胸に残る痛みがあり、観終えたあとには「もう一度あのホテルに泊まりたい」と思わせる。まさに、ウェス・アンダーソンの良さが出ている何度でも観たくなる映画だ。

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物語の起承転結

物語は「物語の中の物語」という入れ子構造で始まる。1985年、老作家が自らの過去を回想し、1968年に訪れた荒れ果てたグランド・ブダペスト・ホテルで、当時のオーナーであるゼロ・ムスタファと出会う。そこからさらに1930年代、ホテルが最盛期だった頃の物語へと遡る。 その中心にいるのは、ホテルの伝説的コンシェルジュ、グスタヴ・H。彼は完璧なサービスと独特の美学を持ち、年配の女性客たちから絶大な人気を誇っていた。若きロビーボーイのゼロは、そんな彼の弟子となる。

ある日、グスタヴの常連客であり愛人でもあった老婦人マダムDが急死する。彼女の遺言には、名画「少年と林檎」をグスタヴに遺贈する旨が記されていた。だがその息子ドミトリ(エイドリアン・ブロディ)は激怒し、冷酷な殺し屋ジョプリング(ウィレム・デフォー)を差し向ける。 グスタヴとゼロは絵画を持ち帰るが、やがて殺人容疑をかけられ、グスタヴは投獄されてしまう。刑務所で彼は囚人たちをまとめ上げ、ゼロと婚約者アガサの協力で脱獄に成功する。

二人は逃亡の中で、ホテル業界の秘密ネットワーク「コンシェルジュ連盟」に助けを求める。世界中のホテルの支配人たちが次々と電話を取り次ぐシーンは、ユーモラスでありながらも彼らの誇りを象徴している。 一方で、ジョプリングによる追跡は執拗で、雪山でのスキー追走や、指を切り落とす残酷な場面など、物語はどんどん過激さを増していく。最終的にゼロがジョプリングを崖から突き落とし、命を救う。 やがて絵画の裏から第二の遺言状が発見され、グスタヴの潔白が証明される。ホテルの所有権はゼロに渡り、彼は正式に後継者となる。

しかし物語は単なる喜劇で終わらない。戦争の影が迫る中、列車で兵士に止められたグスタヴは、ゼロを庇って射殺されてしまう。ゼロはホテルを受け継ぐが、やがて妻アガサと子どもも病で失い、孤独な老人としてホテルを守り続けることになる。 現代に戻ると、老ゼロは「ホテルは彼女(アガサ)との思い出を留めるために維持している」と語る。華やかなホテルの物語は、実は失われた愛と友情を抱えた男の追憶だったのだ。

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