『イミテーション・ゲーム』を観終わったあと、まず胸に残ったのは「これはただの伝記映画ではない」という感覚だった。私はその言葉に導かれるように、彼の人生の断片を追いかけながら、彼のキャラクタや行動に笑い、涙し、そして最後には深い喪失感に包まれた。
感想
映画は三つの時間軸を行き来する。寄宿学校時代の若きチューリングが、唯一の友人クリストファーに心を寄せる場面。戦時中、ブレッチリー・パークで仲間と共にエニグマ解読に挑む日々。そして戦後、同性愛を理由に警察に追及され、孤独に追い詰められていく晩年。特に印象的だったのは、少年時代のチューリングがクリストファーから暗号の魅力を教わり、やがて彼の死をきっかけに「機械で人間の思考を模倣する」という夢を抱くくだりだ。机に置かれた暗号文を解きながら、彼の瞳に宿る憧れと痛みが、後の「クリストファー」と名付けられた機械に直結していくのを感じた。
戦時中のシーンでは、巨大な歯車が回転する暗号解読機の前で、チューリングが汗をにじませながら「もう一度だ」と呟く姿が忘れられない。仲間たちが諦めかける中、彼だけが執念のように機械を信じ続ける。やがて「Heil Hitler」という定型句を手がかりに突破口を見つけた瞬間、機械のランプが次々と点灯し、静寂が歓喜に変わる。胸が熱くなった。
一方で、この映画は史実からの逸脱も多い。ポーランドの暗号学者たちの先行的な功績がほとんど触れられず、チューリングが孤高の天才として描かれすぎている点には違和感を覚えた人もいるかもしれない。実際の彼はもっと社交的でユーモアもあったと伝えられているし、機械を「クリストファー」と呼んだ事実もない。それでも、映画的な脚色が彼の孤独や痛みを強調し、強烈な印象を残したのも確かだ。私は「真実を歪めてまで描く必要があったのか」と思いつつも、映像としての説得力に心を揺さぶられてしまった。
また、ジョーン・クラークとの関係も心に残る。クロスワード試験で彼女が採用される場面は史実ではなかったにせよ、彼女が男性社会の中で自らの才能を証明し、チューリングと知的な絆を結ぶ姿は印象的。プロポーズの場面で、彼が「僕は同性愛者だ」と告白し、それでも彼女が「それでも構わない」と答えるシーンは、二人の間に流れる不思議な優しさと孤独の共鳴を感じさせた。
そしてラスト近く、警察官ノックに向かってチューリングが「機械は人間を模倣できるか」という問いを語る場面。そこに映るのは、かつて世界を救った英雄ではなく、去勢によって身体も心も蝕まれた一人の人間の姿だった。震える声で「クリストファーはまだ動いている」と語る彼の姿に、私は涙を堪えられなかった。
『イミテーション・ゲーム』は、歴史的事実としての正確さには欠ける部分がある。しかし、映像として、物語として、そして何より「人間アラン・チューリング」を描き出す力は圧倒的だった。彼が「誰も想像しなかった人間が、誰も想像できなかったことを成し遂げる」と繰り返し語られる言葉の通り、孤独と偏見に抗いながら未来を切り開いた姿は、今を生きる私たちに強烈な問いを投げかけてくる。
観終わったあと、私はただ「もっと彼のことを知りたい」と思った。
物語の起承転結
起
1939年、第二次世界大戦下のイギリス。数学者アラン・チューリングは、ドイツ軍が誇る暗号機「エニグマ」の解読チームに加わる。だが彼は協調性に欠け、上司や同僚と衝突しながらも、自らの理論を信じて巨大な解読機械の設計に没頭する。寄宿学校時代の回想では、唯一の友人クリストファーとの交流と、その早すぎる死が描かれ、チューリングの孤独と暗号への執着の原点が示される。
承
チューリングは仲間から孤立しつつも、ジョーン・クラークという女性数学者の才能を見抜き、彼女をチームに迎え入れる。やがて彼女の支えや仲間たちの協力を得て、解読機「クリストファー」が完成。ある日、ドイツ軍の通信に必ず含まれる「Heil Hitler」という定型句を利用することで、ついにエニグマの暗号を突破する。歓喜の瞬間、仲間たちは抱き合い、戦況を変える扉が開かれる。
転
しかし、解読した情報をどう使うかという新たな葛藤が生まれる。全てを即座に利用すればドイツに気づかれ、暗号体系を変えられてしまう。チューリングたちは「知っていても見殺しにする」冷酷な選択を迫られる。さらに戦後、同性愛が違法だった時代に、チューリングは警察に追及され、化学的去勢を強いられる。かつて世界を救った英雄は、国家から裏切られる形で孤独に追い込まれていく。
結
晩年のチューリングは、かつての仲間ノック刑事に「機械は人間を模倣できるか」と問いかける。だがその姿は、薬の副作用で震え、かつての輝きを失ったものだった。彼が命を絶つのは間もなくのこと。ラストには「彼の研究が現代コンピュータの礎となった」と字幕が流れ、観客は彼の功績と悲劇を同時に噛みしめる。
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