『ホビット 思いがけない冒険』は、J.R.R.トールキンの小説を原作にしたファンタジー映画で、『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の前日譚にあたります。
感想
『ホビット 思いがけない冒険』を改めて観て感じたのは、やはりこの作品が「ロード・オブ・ザ・リング」の影に隠れがちな“過小評価された宝石”だということです。物語は、穏やかに暮らすビルボ・バギンズのもとにガンダルフが現れ、さらに夜には次々とドワーフたちが押しかけてくるところから始まります。ビルボの小さな家に十三人ものドワーフがひしめき合い、食卓を荒らしながら歌い、騒ぎ立てる場面は、ユーモラスでありながらも、これから始まる大冒険の予感を漂わせていました。最初は「自分には関係ない」と断るビルボが、翌朝になって小さな足で必死に駆け出し「待ってくれ!」と仲間に追いつく姿には、観ているこちらも胸が熱くなります。
旅の途中で出会う三人のトロルとのやり取りは、原作のユーモアをそのまま映像化したようで、彼らが夜明けの光で石に変わる瞬間は痛快でした。一方で、石の巨人同士が山を砕き合うシーンや、ゴブリン・タウンでのド派手な逃走劇は、映像的には圧巻でありながら、あまりに過剰で「まるでゲームの中に放り込まれたようだ」と感じる瞬間もありました。特にドワーフたちが何度も崖から落ちそうになりながらも誰一人傷つかない展開には、緊張感よりも「また助かるんだろうな」という予測が先に立ってしまい、物語の重みを削いでいたように思います。
それでも、この映画を特別なものにしているのは「ゴクリ(ゴラム)」との出会いです。暗い洞窟での「なぞなぞ対決」は、派手な戦闘シーンとは対照的に、言葉と表情だけで緊張感を生み出していました。ビルボが指輪を拾い、逃げるか殺すかの選択を迫られる場面で、彼が「見逃す」という決断をする瞬間には、彼の小さな勇気と人間性が強く浮かび上がり、心を打たれました。
映像面では、ニュージーランドの雄大な自然が再びスクリーンいっぱいに広がり、特にリヴェンデルの美しさや、霧ふり山脈の荒々しい風景は、ただ眺めているだけで物語世界に引き込まれます。音楽もハワード・ショアらしい重厚さと哀愁を兼ね備え、「Mist y Mountains」の低く響く旋律は、ドワーフたちの失われた故郷への想いを見事に表現していました。
もちろん不満もあります。全体の尺はやはり長すぎ、特に序盤のホビット庄での宴は30分近く続き、観る人によっては退屈に感じるでしょう。また、アゾグというオリジナルの敵役は造形も単調で、トーキン的な世界観から浮いて見えました。ラダガストがウサギのソリで駆け回る場面も、子ども向けのファンタジーとしては楽しいのかもしれませんが、物語のトーンを乱していたように思います。
それでも、マーティン・フリーマンのビルボは本当に素晴らしく、最初は臆病で居心地の良い穴倉にしがみついていた彼が、少しずつ仲間のために勇気を振り絞る姿には強い説得力がありました。リチャード・アーミティッジ演じるトーリンの誇り高さと苦悩も印象的で、彼とビルボの関係性が物語の軸としてしっかり機能していたと思います。
総じて、『ホビット 思いがけない冒険』は「ロード・オブ・ザ・リング」と比べれば確かに軽く、時に冗長で、派手さに頼りすぎた部分もあります。しかし、ビルボが小さな勇気を積み重ねていく姿や、ゴクリとの緊張感あふれる対話、そして中つ国の風景と音楽の美しさは、間違いなく心に残るものでした。
物語の起承転結
起
ホビット庄で静かに暮らすビルボ・バギンズのもとに、灰色の魔法使いガンダルフが現れます。彼はビルボを冒険に誘いますが、臆病なビルボは即座に断ります。ところがその夜、13人のドワーフたちが次々と家に押しかけ、故郷エレボールを竜スマウグから取り戻す計画を語り出します。最初は戸惑うビルボでしたが、翌朝になって心を決め、彼らの旅に加わることになります。
承
旅の途中、彼らは三人のトロルに捕まりますが、ガンダルフの機転で夜明けの光にさらされ、トロルは石に変わってしまいます。その後、エルフの隠れ里リヴェンデルでエルロンドの助言を受け、さらに霧ふり山脈では石の巨人の戦いに巻き込まれるなど、次々と危険に直面します。やがてゴブリン・タウンに囚われますが、混乱の中でビルボは仲間とはぐれ、暗い洞窟で奇妙な存在ゴクリ(ゴラム)と出会います。
転
ビルボとゴクリは「なぞなぞ勝負」を繰り広げ、命を賭けた緊張感の中でビルボは知恵を絞って勝利します。その過程で偶然「一つの指輪」を拾い、姿を消す力を得ます。指輪の力でゴクリから逃げ延びたビルボは仲間と再会し、彼らと共にゴブリン・タウンを脱出します。しかし、外では白いオーク・アゾグ率いる軍勢に追われ、崖の上で絶体絶命の戦いに。ここで臆病だったビルボが勇気を振り絞り、トーリンを救うために飛び出す姿は、彼の成長を象徴する場面です。
結
仲間たちはワシに救われ、なんとか危機を脱します。トーリンはビルボの勇気を認め、彼を仲間として受け入れます。遠くの山の向こうには、まだ眠る竜スマウグの姿が映し出され、次なる冒険の幕開けを予感させて物語は終わります。
 映画レビューログ
				映画レビューログ